May 18, 2010

冬の悩み赤ら顔と冷え性

寒さが増加し、赤ら顔の症状に苦しんでいます。比例するように冷え性の方も激しくなっていく感じがします。会社や公共の屋内では、上から、エアコンの暖かい風が赤ら顔をひどくして、頭痛もします。今年もすでに赤ら顔です。省電力が要求されている今年は、それなりの工夫で足元を温める節電と脱赤ら顔を実行したいと思います。
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 那覇のデパート「リウボウ(那覇市久茂地1)8階に3月25日、期間限定で「東急ハンズTRUCK MARKET(トラックマーケット)」がオープンし、連日多くの買い物客でにぎわっている。(那覇経済新聞)

 久茂地移転後の開業20周年を迎えるリウボウ。開店記念日4月19日のリニューアルオープンに伴い、20〜30代の女性層を新たなターゲットに店舗展開を図る。雑貨大手の東急ハンズを先行出店させることで新たな客層の取り込みや集客につなげたい考え。

 東急ハンズの売り場面積は約70坪。パレット(荷役台)や木箱などで演出された売り場スペースには、キッチンやバスグッズをはじめ、理美容グッズ、健康グッズ、ステーショナリー、アウトドアグッズ、バラエティー雑貨など2,000点以上のアイテムが並ぶ。

 リウボウインダストリーの仲田淳さんは「予想以上のお客さまに来ていただいている。シーズンに合わせた商品を追加していく予定」とし、「3カ月間の出店を予定したが好評のため期間を延ばす方向で話を進めている。見るだけでも十分楽しめ、気持ちが豊かになるので一度来てもらえたら」と話す。

 営業時間は10時30分〜19時30分。出店は6月末までの予定だが現在調整中。

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デパートリウボウ


 農芸高(京都府南丹市園部町)の生徒たちが春休みを利用して、亀岡市本梅町の軽費老人ホーム「亀岡友愛園」の中庭で丘を造る作業に励んでいる。
 庭園や広場の整備を行っている同校が友愛園の依頼で、2009年から5年計画で取り組む。一昨年は中庭から茶室へ向かう通路に石を敷き、昨年は池を造った。
 今年は環境緑地科造園系統2年の13人が、高さ80センチほどの丘を造っている。五つの輪が重なり合うオリンピックのマークのように、円を階段状に組み合わせたデザイン。亀をイメージしたといい、お年寄りが段差の低い階段を上がって頂上へ行くことができる。
 生徒たちは最初に生い茂った草木を移植。土を盛った後、周囲に長い石を並べ丸い石を積んで土留めを施した。石を崩さないように気をつけながら、美しい丘を目指している。
 当初は春休みで作業を終える予定だったが、丁寧に仕上げるため4月以降は授業として取り組む。湯浅景太君(17)は「完成が楽しみ。皆さんに使ってもらえるとうれしい」と話した。

 ◇支えてくれた全国の人々
 第83回センバツ大会に出場した東北は1回戦で大垣日大(岐阜)に0−7で敗れた。「全国制覇」を掲げ練習を重ねてきた東北ナインだが、東日本大震災に遭い、満足な練習ができなかったばかりか、避難生活を送り精神的に追い込まれた。大会開催決定後は「被災地を代表して戦う」という高校生には重い決意を背負った。悩み続けたナインや指導陣だが、甲子園では野球に集中し持ち味の全力プレーを見せた。つらい道を歩んだ東北ナインだが、センバツ出場で得られたものも大きかった。【三村泰揮】
 「プレーを見せて勇気づけたいと偉そうなことは言えないが、一人でも多くの人に元気になってほしい」
 センバツ開催が決まった18日、上村健人主将(3年)が絞り出すように話した姿が印象的だった。野球部代表として取材に応じる役割。震災後、東北への注目はいや応なしに上がった。一言が誤解を生んでしまうリスクを考えれば、上村主将はとてつもない重圧を背負っていたのだろう。
 上村主将をかばったのが、武内充総監督(61)。震災後は「震災に遭ったばかりで、上村もまだ頭の整理がついていない状態だ。少し加減してやってくれ」と報道陣に要望した。この時、そばにいた上村主将の顔が一瞬だけ震災前に戻ったように見えた。
 甲子園で全力プレーを見せた東北だが、地震後は満足な練習ができなかった。学校周辺の住民を支援しようと、水くみをしたり、交通整理などのボランティア活動を続けた。
 元気な姿を見せていたナインだが夜になると、避難していた柔道場の畳の上で、寒さに震えながら「お前の親や友達は大丈夫だった?」と小さな声で安否を確かめ合ったという。不安を抑えることができず、野球どころではなかったと思う。
 食事にも苦労した。小川裕人遊撃手(3年)の母久美子さん(50)は「息子がバナナ1本でボランティアや練習に励んでいたと聞いた」という。そんなそぶりを見せず、甲子園でプレーする息子を見て、久美子さんは涙が止まらなかった。
 「被災地を代表して戦う」。重い決意を背負って挑んだ東北。そのアルプススタンドには、東北だけではなく、関東や近畿地方からも大勢の応援が駆けつけた。中川貴文右翼手(3年)は試合後、泣きながら応援団に対し深々とお辞儀をした。「悔し涙ではない。自分たちを応援をしてくださった人々を見た時、感極まった」という。
 センバツ開催には賛否両論あったが、東北ナインの活躍に勇気をもらった被災者もいるだろう。一方、東北ナインも全国の人々から勇気をもらった。甲子園を舞台にした勇気の交換。東北ナインや宮城に限らず、センバツに関わった人々の財産になったと信じている。

3月30日朝刊

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