Jan 10, 2010

どの地​​域にいる看護師求人

看護師求人とは、ある地域でも必ずあると思います。特に、地方や田舎では看護師の求人は多いような気がします。体力的にも精神的にも大変なことだが、看護師がなければ、病院の周りです。より多くの人が看護師になるきっかけと勉強しやすい環境がいいと思います。これから看護師になりたいと考えている人にはぜひ与えてほしいです。
医師求人の難しさを示しているフランスの過疎地域です。医師不足は深刻な問題となっています。自治体では、診療所、住宅以外ですぐに使える車も備えて、医師の求人をしています。フランス人医師の希望者がいない村では、欧州の他の国までの医師の求人広告を出しています。実際に外国人医師が仕事をしている村がたくさんあり​​ます。
 ◇医療支援の介護福祉士、被災地の今を報告−−24日、長崎
 被災地で医療支援に携わった長崎市の上戸町病院の介護福祉士、片田尚孝さん(48)が24日、同市浜町のカフェ「HIKOMA」でチャリティーチェロコンサートを開く。写真で被災地の今を報告し、義援金を募る。【蒲原明佳】
 普段は病院でリハビリ患者の入浴介助などをしている片田さんは今月4〜8日、全日本民医連の医療支援で宮城県塩釜市へ。6、7日には約500人が避難生活を送る多賀城市文化センターで足浴の支援をした。
 避難所は電気が復旧していたが、温かい風呂はまだかなわない。入浴剤やアロマオイルを入れたバケツの湯に、避難者はがれきの片付けで疲れた足を漬けると心がほぐれ、悩みを語った。「地震後3週間、抗がん剤を点滴していない」「家の庭に車が4台流れてきている」−−。
 震災の日、障害がある息子に会いたい一心で夜中まで冷たい水の中で耐えた母は「これから2人でどうやって生きていこう」とつぶやいた。片田さんは「『頑張って』なんて言えない。身近な悩みを聞くことが介護福祉士の仕事なんだと、改めて気付きました」
 アマチュアオーケストラ「長崎交響楽団」の一員でもある片田さんは「音楽で支援を続けられたら」とコンサートを企画。支援活動を写真で報告し、尊敬するチェロ弾き・宮沢賢治の「星めぐりの歌」▽シューマン「トロイメライ」などを演奏する。午後3〜4時。入場は無料。HIKOMA(095・823・7447)。
〔長崎版〕

4月21日朝刊

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 長崎と諫早両市教委は20日、被災で机などが使えなくなった岩手県の小学校に、机と椅子計260セットを送った=写真。22日には、同県山田町の陸中海岸青少年の家に届く予定。25、26日に入学式をする大槌町立大槌小と山田町立船越小の児童が使う。長崎、諫早両市は少子化で不要になった机・椅子を学校で保管。今回、長崎市が仁田小など3校の計170セット、諫早市で真崎小など5校の90セットをトラックに積んで発送した。長崎市教委は「机や椅子に限らず、できるものは対応したい」。諫早市教委も「被災した児童に役立つものであれば、喜んで提供したい」としている。
〔長崎版〕

4月21日朝刊

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 約32年間、九州商船の長崎五島航路に就航していた「フェリー福江」が新船「フェリー万葉」の就航に伴い約32年間の大役を終え、19日、退役した。最後の航海となった長崎行きの出航前、福江港では同社福江支店の従業員らが奥山修司船長(45)に花束を贈って労をねぎらい、五色のテープを張って別れを惜しんだ。
 「フェリー福江」は78年に建造された。乗客定員630人。同航路は島民に欠かせない生活航路で、出会いや別れ、進学や就職、転勤など人生の節目となる思い出が満載されており、島民の思いは強かった。
 同社の主力航路のエースだったが、老朽化したため新船の投入が決まった。「フェリー福江」はフィリピンの船会社に売却される。
 船員時代を含めて約10年間、乗船勤務した奥山船長は「いろんな勉強をさせてもらい、思いは尽きない。大きな事故もなく大役を終え、何よりだった」と感慨深げだった。【椿山公】

4月21日朝刊

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 ◇登校拒否で島留学、充実3年間 思い出は友人、先生、人々との出会い
 県立隠岐島前高校(海士町)に和歌山県から進学した畑中晨吾さん(19)が今春卒業し、東京の大学に進学を決めた。大阪の高校で登校拒否になり、隠岐で改めて3年間の高校生活を過ごした畑中さん。「思い出は『何かした』というより、友人、先生、地元の人との日常」と語る。【御園生枝里】
 畑中さんは大阪の中高一貫校に2時間半かけて通っていたが、その時間や勉強の速さが心の重荷に。高校に進んだが、家に引きこもるようになった。「甘えのきかないところでやり直したい」と奮起。インターネットで見つけた隠岐島前高に手紙を送り、これをきっかけに入学した。
 暮らしたのは学校敷地内の寮。宿直の先生を訪ね、勉強や進路、好きな音楽のことなど何でも話した。その時間が楽しかった。大阪では先生と話すことはあまりなかったという。寮の規則正しい生活や栄養たっぷりの食事で健康を取り戻した。
 くじけそうになったこともある。受験勉強が始まり、「1年長く勉強しているのに結果が伴わない」とプレッシャーが襲った。昨年8月、実家に帰ったまま学校に戻れなくなった。退学しようと隠岐へ戻ると、担任の先生から「まず卒業することが大切」と言葉をかけられ、他の先生からは「最後まで一緒に頑張ろう」とぎゅっと手を握られた。もう一度頑張る決心をした。
 ◇感謝を胸に大学へ進学
 大学受験料を振り込みに行った郵便局や銀行では「ここ受けるの?」「頑張って」と励まされた。卒業式には友人の保護者が「卒業できて良かった」と涙を流してくれた。「いろんな人が気にしてくれることで救われた。人に感謝することが増えた」という。
 入学当初は、同級生より1歳年上という「劣等感」があったが、3年間を振り返って、これまでの人生を「これで良かったんだ」と肯定できるようになった。
 5月には同級生より一足早く20歳。夏休みに隠岐を訪れ、お世話になった人たちと酒を酌み交わしながら語り合いたいと思っている。

4月21日朝刊

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